こんにちは。
どんな一週間でしたでしょうか☺️
WBCを楽しんでいます。
あのドラマチックな激戦から
もう3年も経つことに驚きを隠せません。
年々、
時の流れが早くなっているように感じます。
◆「現在は過去の結果だ」とかなんとか
この中年期は
過去の振り返りが起こりやすいものです。
現在地に対しての焦りや
取り戻したい”あの時の後悔”などが
現れ出す時期なのかもしれません。
過去でも未来でもなく
今ココにフォーカスすることが
大切だとわかってはいるのですが。
稲盛和夫氏も
「現在の姿は過去の努力の結果」
と仰いました。
努力があるから今の自分がある。
確かにそれが本質です。
けれども、
この中年期の揺れに関しては
私は違った角度でお話がしたいのです。
◆”絶え間ぬ努力とは相反する結果のイマ”
甘えや怠ることもなく
毎日励み努めてきた方にとって、
努力とは
もはや人生に染み付いた
生き方そのものなのだと思います。
努力は結果や数字の
目に見える形にはなってきたけれど、
身を結んでいる実感がない。
いくら頑張って達成しても
一時の満足にすぎない
心は豊かではない気がする
このような心の虚しさは
中高年男性が抱える揺れとして
あるように感じます。
●「外側の成功」と「内側の満足」は別
多くの人は若い頃、
仕事を頑張る
家庭を守る
社会的役割を果たす
という “正しい努力” をしてきました。
そして実際に
地位・生活・安定など、
結果はちゃんと形になってきました。
でもその努力は多くの場合、
「本当の自分の願い」ではなく
「役割としての自分」
を生きる努力だったりします。
だから結果が出ても、
心の奥ではこう感じることがあります。
“ちゃんとやってきたはずなのに
なぜか満たされない”
●人生の前半は「役割」、後半は「本質」
心理学ではよく言われることですし
このブログでも何度も綴ってきました。
人生の前半
社会に適応する
役割を確立する
生きる基盤を作る
人生の後半
本当の自分に戻る
内面と統合する
過不足のない自己の全体性を受け入れる
中年期は
この人生のフェーズが切り替わる時期なんですね。
だから起きるのは、
成功していても虚しい
これで良かったのかと振り返る
本当は何を望んでいたのか考え始める
という揺れです。
これは失敗ではなくて、むしろ
魂の方向転換みたいなものなのです。
●「努力の結果」ではなく「魂のズレ」
虚しさの原因は
努力が足りないからでも
怠けたからでもなく、
むしろ逆で
努力しすぎたから。
期待に応え、役割を果たし、正しく生き
その結果
本当の自分が
少し後ろに回ってしまったのかもしれません。
だから中年期になると
心の奥がこう言い始めます。
“そろそろ、私の人生を生きてほしい”
◆虚しさは「崩壊」ではなく「目覚め」
この心の虚しさは
よくネガティブに語られがちですが
実はとても大事なサインです。
それは
これまでの人生を否定するものではなく、
“次の人生の扉”
だからこそ
努力とは相反する結果のイマが
“現象”として現れるのですね。
過去と現在の狭間で起こる揺らぎは
何かが間違っていたからではなく
次の段階に入る前兆です。
“魂”や”目覚め”などのワードは
スピリチュアルに捉えられがちですが
人が成熟してゆく過程で
避けて通れないテーマでもあります。
◆「努力」の枠を広げてみる勇気
WBC前の記者会見時、
“やらない方が良いこと”の回答として
大谷翔平選手がこのように仰いました。
「休むのも勇気ですし、やらないのもまた練習な部分もある。」
これはとても深い意味のある言葉です。
ただ、”身体を休めよ”というものではなく
深い自己信頼に基づく
自分へのゆるしのようにも感じました。
努力家な方ほど、
休むことを”恐れ”として
抱いている側面があります。
「休日を過ごす」ことと、
「心が休めている」
「自分を自分自身へ預けられている」
ことはまた別です。
大谷選手の言葉は
外から見える行動ではない、
心の置き方にあるのではないかと感じました。
怠ると衰退する
生み出さなければ価値がない
守るため、伸ばすため、
強くなるためには
努力し続けねばならない
今までそのように続けてきた
あなたの努力と研鑽は本物です。
まずはその努力を肯定してあげてください。
そこから、人生の後半は
努力の枠を少しずつ緩めていき、
休む自分もゆるしてあげること
休むことは弱さではないことや
休むことをゆるせなかった過去の自分を
受け入れてあげること
それがきっと
心の豊かさへと繋がっていくのだと思います。
今日という一日が
あなたにとって安息なものでありますように。
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