とある中学校の混声合唱「15の手紙」が好きで、
たまに視聴します。
特に響くフレーズが、
「15の僕には、誰にも話せない
悩みの種があるのです」
「自分とは何で、どこへ向かうべきか
問い続ければ見えてくる」
自己を形成していく過程での迷いや葛藤
アイデンティティの模索…
あの頃から何十年も経った
中年只中の今も
心に迫ってくるものがあるのです。
40、50代は
「自分は一体何者なのか」という問いに
再度直面する時期だといわれています。
思春期の葛藤とは質が異なり、
「自分には確かに築いてきたものがある」
けれど
「このままで果たして良いのだろうか」
と、過去と未来の踊り場で
心が揺れやすくなるのは
多くの中年男性が通る道かもしれません
その揺らぎの答えは、
あの歌詞のように
“問い続けること”で見えてくるのでしょうか。
15歳の頃と50代では
抱えているものも重たさも
きっと違うはずです。
“問い続ける”という言葉だけで
気が重たくなってしまうかもしれません。
【中年の危機】は
深く気にせず流していけば良いものだと
仰る方もいれば
新しいことに挑戦して
生きがいを見つけていこうと
謳う方もおられます。
私は、中年期の揺らぎは
人生の再編成における
貴重な前段階だと感じています。
「自分が何者なのか」を
修行のように問い続ける必要はないけれど、
日々の出来事の中で
「自分がいま、何を感じているのか」を
丁寧に見てあげること、
知ってあげること、
何者でもない自分を
ただ受け入れてあげること
そこから少しずつ
見えてくるものがある気がするのです。
“大人の僕も傷ついて
眠れない夜はあるけど”
“苦くて甘い、今を生きている”
心揺れるときは
静寂の夜に身を寄せて
ただ感情を
感じ味わいたいと思います。
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